長男の国立大学合格(高校3年間→最終結果まで)

〜E判定の長女が国立大学に合格するまで〜続編

なんとか長男が大学に合格した。もともと第1志望は北里の獣医であったが、こちらは不合格。総合型選抜Ⅱで弘前大学 農学生命科学部 分子生命科学科になんとか合格。こちらに進学することとなった。共通テストの出来が良くなかったので総合型で受験して良かったと言うべきか。

長男は長女と同じ大学、学部、学科に行くこととなった。育ってきた環境というか、親の影響というか、なんともまぁ勉強してみたい内容が同じであるから仕方ない。日常の会話でもそうだが、生命の神秘や生態系、そういう話がよく出るかもだ、夕ご飯の時とかでも。「砂田街道のところの牛さん、今日も同じ方向見て座っていたよ」「方角と関係あるんだっけ?」とか「ナマケモノって変温動物なんだって」「哺乳類であってるよね?死ぬじゃん。大丈夫なの」「あのスピード感で今までよく絶滅しないでこれたよね」とか。。。毎日こういう感じかも。

 私も、働かなくてもいいくらい生活に余裕があれば、カメラ持って森に入りたい。そこに生きてる動植物の写真を撮って記事を書いて多くの人に見てもらうのが夢。

 私の話はどうでも良かった。笑

 ところで長男は長女より成績が良かった。初めて学習という学習を始めた幼稚園児くらいの頃から、学習の自分なりの取り掛かり方も、事象の理由づけ、関連性、法則性などの理解も長女とは違っていた。そうはいっても、だからといってテストで高得点が取れるかといったらそうでもない。いらないミスも多いからである。だから高校も長女と同じになったし、大学も同じ。実際のIQは結構違うと思うが、結果同じ偏差値の大学になった。(高校をそこを選んだのは偏差値だけの問題ではないが。地域特有のもの。『選べない』という理由もある)

 長男の高校生活は模試の結果は高3の夏までは弘前大学はならA〜B判定。長女の一生E判定とは違う笑笑。なので静岡や信州などもB〜悪くてC判定くらいであったのでギリギリまで国立は迷った。茨城大学や宇都宮大学は家から通える範囲だが研究したい内容がいまいちであったし、信州や静岡にも学びたい内容の研究室がなかった。であれば、長男のもう一つ興味があること動物行動学、でもこれもはっきりとここで学べると思える研究室がなく、であれば獣医を狙うのが早い。しかし国立の獣医はとても無理だったので北里を狙って、国立は偏差値は多少下がるが両生類爬虫類の研究室がある弘前大学を、ここは確実にするために総合型選抜Ⅱという受験方法で選択した。

 先に書いた通りの結果に落ち着いたのだが、長女の時とはまるで違う経過を辿って、しかし同じ大学へ。思うが、大学を選ぶとき、確かに偏差値は受験時の重要な決め手のファクターになるが、大事なのは入ってから何を学ぶか。そして結構大学で全然違う。大事なのは学びたい研究内容。それはしっかり調べたほうが良い。高校までと違う点だ。ただ自分の偏差値に合わせただけで大学を選ぶと「思ってたのと違う」ということになってしまう。

 そして、模試や共通テストで取れた点数や偏差値がそのまま自分の賢さ度になるかといえば、私はそうではないと思っている。偏差値は目安にはなるが大事なのはそこではない。長女も出来が悪く、親の私としては心配していたのだが、共通テストでそれでも生物が高得点であったのは実力であったのだと今ならわかる。実際、大学で学んでいる専門分野の成績が他の学生と比べて悪くないからだ(いやむしろいい方だ)。

勝負は大学の外見ではない。そして社会に出てからも、就職先の会社の外見ではない。中身。自分で何を学んで、自分が何をするか。さて、あと一ヶ月二ヶ月先に新生活が待っている。そこで長男は何を見つけてくるだろうか。親のできることはもうあまりないな。研究内容だけでなく、自分なりの哲学も見つけ出してほしいと願う。

疲労とわたし〜洋服とわたし(番外編)〜

正直変なタイトル。「趣味とわたし」でもいいようなごちゃごちゃ部屋の様子加工してあげてるのにね。

実はリビング横のこの部屋、昔、個人宅で塾を開いていた時の名残。本棚や子供たち飽きさせないためのグッズなど置いたり片付けるためのものを再利用してある。わたしは趣味も多いのでわたしの趣味のものと、子供たちのかつて遊んで作ったブロックのよくわからない置物や、楽器、疲労改善グッズ、チープコスメ、アクセサリー、洋服、レンズ、そして今はブレックスグッズやポスターなど。恥ずかしげもなく部屋の様子を晒すのは意外にわたしが気に入っているため。猫が爪を研いでボロボロになった壁に水色のトタン風の壁紙貼ったりして、わたし色に実はインテリアを作ってある。シンプルに生活感がない雑誌のような部屋もおしゃれだけど、生活しているうちに増えてくるものを、それでも生活感出しながら可愛く見せるインテリアもまたあり。

だからとは言わないが、子供たちはこの部屋にいることが多かった。わたしが文房具集めも好きだからしょうがないけど、居心地がいいのと、なんでも揃うから。買いだめしてあったシャーペンやボールペン、テープノリ、全然ない、使われてしまって。おまけに最近は旦那もわたしの部屋で仕事をしたりするので、やめていただきたい笑

わたしは予定をわざとでも入れておかないと全然家から出ない。元々怠け者なのでニートが羨ましい。でもね、思う。前振りが長くなったけど、本題。ここ最近、随分老けた。疲れが取れない。疲労が溜まってたり、精神的にも肉体的にも参ってる時はわたしひどい顔してる。

年齢のせいもあり仕事の疲労が回復しづらくなってるのは事実だからそこは自分で調整していくとして、それでもまだ仕事してるからまだ老け具合がこれでもマシなのかなって思う。仕事は辛いのだがこの前嬉しいこともあった。30代くらいの方が、

「お姉さんの着てる服なんですか?教えてもらってもいい」

「わたしのは全部メンズですけど大丈夫ですか」

「全然素敵、売り場全部回って、全部のスタッフさん見て回ったけど、お姉さん一番素敵。このまま全て真似していいですか」

こんなに嬉しいことある?スタッフの中でもわたし年齢かなりベテランの方笑笑。たぶん根が素直すぎるので中身は幼い感じがするかもしれませんが、結構な歳。

仕事はしたくない。でも、この仕事のおかげで、もしかしたらまだなんとかなっているのかもしれない。色使いのセンスや、自分が気取らずに、でもおしゃれに見せれるアイテム選びや発想の自由。

自由といえば、わたしは自由人だとよく言われる。子供の時からそうで、同級生の中にはこの自由な感じが許せない人も多かったに違いない。今でも思われてるかも。好きなようにバスケを観戦しにいったり、バスケを知る前から、1人の時間の確保を定期的にできるようにしていたし。普通に考えたら、結婚生活をないがしろにしているようにしか見えないだろう。子供のこともほったらかしのように見えるのかも。言い訳するわけではないが、こんなのでも、進路や勉強、学校の面談、、、こういうことは子供たちはわたしに相談してくる。そして、名乗ってもいないのに学校ではなんだかわたしのことは知られていてわたしの子供らは自慢のようだ、こんな親でも。

良妻賢母もいいけど、これっていい言葉なの?わたしの母親がもし良妻賢母型なら絶対なつかない。わたしは自分勝手でわがままでお嬢様で自分を可愛いと思っているママが大好き笑笑。さまざまな考え方があると思うが、疲労を改善させる一番の方法は、美しくありたいと思ったら、自分の責任において自由であること。この自由をどう捉えるかは自分自身で考えるしかないが。やり方を間違えると身勝手な人になってしまう。

今、わたしの一番の回復への薬はバスケを見に行って推しに会うこと。どんなに疲れていてもここは関係ないんだよなぁ。バスケと別に今会いたい人がいて、大好きなんだよね。いいやつなんだ、これがまた。いつ会えるかわからないけど、その時のために老けてちゃいられないね。

温泉に行きたいなぁ。

血液型とわたし

No.13 渡邉裕規選手 宇都宮ブレックス所属

写真は宇都宮ブレックス所属、渡邉裕規選手。血液型はB型。わたしもB型。だからなんだって話なんだけど、女子は血液型占い?が大好き、たぶん。人間がたった4パターンで分類できるわけないんだけど、わかっているがわたしは気にします。それには理由があったりして。

気にするようになったのは小学生の頃。それはクラスメイトがみんなの友達手帳みたいなやつ作るって言って、プロフィールみたいなのを聞き回っていた時期(わたしが小学生くらいの時はスマホがないし、そういうの流行った)。その時にわたしのプロフィール書いて持っていったら

「えええ、だからかぁ。やっぱり」

「何のこと?????」

 小学生の時、わたしのクラスは大きないじめがあったんだけど(かつてのブログを読んでください)、あたしともう1人Yちゃん(「いじめを克服するまで 番外編」に出てくる強くかっこいい信頼出来る友達)はクラスの中でも、ちょっと立ち位置が他の子たちとは違っていました。わたしも彼女も仲間はずれになることはあっても、完全にハブられないというか。今思えばいじめグループの思うようにならないことから、強制的にいうこと聞かせるためのお仕置きみたいな感じだったかもしれないなって。それと、プラスして、いじめグループの外のわたしたちの方が楽しそうであることへの嫉妬かなぁ。ともかく私たちはちょっと変だったのかもしれませんね、男子女子合わせてもクラスの中では浮いていたかもしれません。ちなみに彼女はAB型。彼女の両親はA型とB型。お姉さんはA型でした。お姉さんはわたしの吹奏楽部時代の先輩で成績も非常によく、先生の信頼も厚く、絵に描いたような優等生で今は教員です。Yちゃんが、「姉と比べられていろいろ面倒」とよく言ってました笑笑。

ともかく、ちょっと変だってきっとわたしは思われていて、わたしの血液型がクラスのみんなの知るところとなったときに、さっきの言葉が出てしまったのでしょうかね。やっぱりなって、、、ちなみにうちの息子、中学生の時同じセリフを言われたらしいよ。

「B型ってなんかあるの??『ヒカルB型かぁ、やっぱりな』って言われたんだけど」だって。

 プロローグが長くなりましたが、というわけでこの前、ストーリーで血液型アンケート取らせていただきました。ご協力いただいた方ありがとう。結果は日本の人口の血液型分布より若干B、ABが少なく、Oが多少多いという結果。日本はA>O>B>ABで40:30:20:10なのですがO型が40%近くいらっしゃいました。アンケートを実施したのはバスケ専用垢ということもあり、体育会系が多かったのではないかということと(25年前ではあるが、大学の講義『スポーツ科学』で当時の日体大の約80%がO型であるというデータを聞いています)、あとはこういったアンケートに参加することがO型さんは好きなのかもしれません笑笑。

 そして、わたしの今までの人間関係は血液型がつきあいによって偏っています。実際にわたしの友人知人は、というと

①家族:父B、母O、弟O。旦那とその家族全員O。わたしの子供たち、娘、息子2人ともB。

②中学の親友AとO。高校時代の仲間達8人中7人がB。1人だけO。大学の麻雀仲間4人中3人がB、1人だけO。今でも信頼できる長く付き合ってる親友は2人ともAB。

③好きになった人、憧れや片思いの相手もしくは振られた相手全部A。わたしを好きになってくれた人、長く付き合えた人、わたしを振り回してくれた人、全部O。

④わたしを嫌ってくれる女子。小、中、共にA。『優等生になりたい??』(前書いたブログ)に出てくる、わたしに嫌味をぶつけてくるあのあたりの女子はAです。

こうやってみると、A型さんと相性悪いように思うけど、3人仲間の時は間に必ずA型さんがいた気がする。わたしがこういう性格だから、Aさんに嫌われるところはあるからいつも気をつけてはいます。しかし生まれ持った性格だから、傷つけていたらごめんなさいだけどね。O型さんは面白いんだけど、頑固な方が多いから、Bは柔軟だから(違った言い方をするといい加減ともいう。しょっちゅう考え変わるから笑)ケンカが絶えない。その時Aさんが間に入ってくれてたかなぁ。

 血液型は結構気にします。前述したけど、A型さんに嫌われるとこあるから。好きになってもいつも振られるし笑。男友達もB型多いんだもんな。でも恋愛関係になったことがないですね。お互いにそういう感情にはならないんでしょうね。だからBの男友達は大好き。わたしも向こうもお互いを好きにならないから。だから友達でいられるじゃない。面倒なことにならないで済む。

 ちなみにわたしはO型さんに好かれる傾向にありますが、前の職場とかでも子犬のようにわたしの後ろをくっついてくるやつとか、わたしに構ってくる上司は全部O型。でもね、わたしはめちゃくちゃ気を使う!!O型に気を使う!!でも気付いてないあたり。。。しかも、自分が気を使ってあげてると思い込んでて。。。。だから余計に気を使う!!!母と弟は超わがままです。O!!!この2人も旦那もそうだけど、話聞いてる風で全然。右から左に受け流すんだもんな。それなのに、わたしのことを話聞かないでわがままだっていうのよ。お前だお前って言いたい。

ちなみにマコさんってOだね笑笑。きっと頑固者に違いない。結構ああ見えて人を振り回してるタイプではないかなぁって勝手に想像してます。

おもしろいよね、血液型って。これ、半分ネタなんで。お気を悪くなさらずに〜〜〜〜🤣🤣🤣

かわいくなりたい

タイトルとあんまり関係ないんだけど、キャップが似合わない上に、前髪入れてしまってそこがとてもかわいい比江島慎選手の写真を上げておきます。(昨シーズン、優勝時のもの)

欲望は尽きない。

お金が欲しい。エステに行きたい。カメラの技術が欲しい。いいカメラが欲しい。いいレンズが欲しい。一生に一度でいいから外車に乗りたい。できたらSUVに乗りたい。痩せたい。あと20年遅く生まれたかった。輸入住宅を建てたかった。ログハウスの別荘が欲しい。動物病院で働きたい。理系に行けばよかった。校舎の踊り場で告白されたかった。モテたい。キレイなロングヘアに憧れる。目が大きく生まれたかった。賢く生まれたかった。実力を発揮できるメンタルが欲しい。自信がつくだけの努力をすればよかった。あの時告白すればよかった。好きになって欲しかった。私を一番にして欲しかった。色白に生まれたかった。謙虚で女性らしい性格になれればよかった。誰からも愛されるキャラになりたかった。足が速くなりたかった。球技が得意になりたかった。体育の成績で5をとりたかった。丈夫な体で生まれたかった。スタイルが良くなりたい。巨乳になりたい。色っぽくなりたい。ほんのりピンクで可愛らしい唇が欲しい。筋の通ったスッキリした鼻の形がよかった。女づめになりたい。美しい指先の方が羨ましい。

あの人の彼女になりたかった。

全部私にはなかったもの。今でも手に入らないもの。でもそれらがあったら、今の私はないのです。きっとこれからも手に入れることなく死んでいくのでしょうが、欲望がある限り、前へ進もうとして、神に少しでも抗おうと努力するのでしょう。毎日葛藤しながらより良い答えを見つけようとするのでしょう。

ないものを追い続け、後悔を重ね、傷つき、後ろを振り返ってはまた一歩づつ前へ進もうとする。自分と向き合って、それでも生きていくしかないのです。

一生辿り着かない迷路を死ぬまで進んで行かなくてはならない。迷って迷って考え抜いて最良の茨の道を進む。それが等しく人間に与えられた運命です。みんな同じだ。あなたも私も。

だからこそ生きていく価値がある。

森羅万象(この世界)

宇都宮タワーから見た景色

 昨夜、息子と何気にした会話にて。ブログのネタになるなと思って。息子は今高校3年生。大学受験を控えて勉強中。長女と一緒でやっぱり理系で生物系へ。もうちょっと頭がよければ本当は獣医になりたい。無理そうなので、幹細胞系の研究へ。やはり長女と同じ大学の農学生命科学部の両生類学研究室が希望。ということもあり、なんとなく昆虫やらカエルやらの話が多いのは事実。

私「そういえばさ、昆虫って神経系ってどうなってるんだっけ???」

長男「虫のことって、そういえばあんまり考えたことなかったな。痛みって感じるの??」

私「トンボって羽むしられても痛くないのかね?なんか飛べねーなーって考えてるのかね」

長男「そもそも考えねーだろ。そういえば犬とか猫って考えるっけ」

私「高等な脊椎動物なら学習能力あるけどさ、あくまで学習でしょ?考えてねーよな」

長男「考えるって何??」

私「そうなってくると哲学の話だ。この前喋ったけど人間とロボットの違い。自己とは何かにつながるな」

長男「この話、無限にできない??」

私「こうなってくると理系文系関係ないね。さすが私の先生、理系文系ない院の担当者」

事実、長女が弘前大学に入学したときに、自分らの先生に挨拶に行ったのだが、彼は現在「地域共創科学研究科(修士課程)」の先生。この科は文系・理系の院生が共に新たな価値を創り出すというテーマらしい。文理別に考えず大事なのは「共に」の部分。

 今あることが今までも同じと思ってはもったいないね。時代は変わるし、考え方も変わるし、私が学んだ経営学の考え方も会社員になっても応用はできてるけど、学問から現実味を帯びるのに10年はかかる。会社も変わった。働き方改革って言葉も流行ってるけど、働き方も生き方も変わってくる。文理別に考えるのはいろんなな可能性を狭めることになる。

 当たり前は当たり前じゃない。この世界にある全てのものが。

心から笑う

イオンモール水戸内原 鎌倉パスタにて

今日は、2月まで一緒に働いていた同僚と3人でランチ。1人は水戸に異動になったので、せっかくだから水戸内原のイオンにある、某お店に行きたかったし(栃木にはないんですね)、なので水戸で落ちあうことにした。適当でいい相手なので、結果15分遅刻していったけど気にしない笑笑。もうイオンに着いた時点で大笑い。

今日は本当によく笑った。

そういうことになるだろうとは予測していた。3人とも今は別々の場所で勤務していて、それぞれ悩みも尽きず、愚痴をこぼしたり、相談したり、近況を報告しあおうと集まったのだが、悩んでるのに絶対大笑いになるの、この3人になると。

 水戸に異動になったO型ちゃんは、なんていうかタフ。異動した先で、いじめみたいな目に遭っても

「私仕事しにきてるんで、業務に差し障りなければ気にしませーん」

っていってのけるタイプ。そして、人の顔見て、指差して笑うから(失礼)、B型の私はまあいっかってなるわけ。で笑って終わり。真剣に悩みを話すA型ちゃんは、本当に真面目に悩みを話し、相談したいはずなんだ。でもね、O型ちゃんが、チャチャを入れて笑うから、A型ちゃんが真面目に話しながらも結果つられて笑うのよ。もしかしたら真剣にとらえてもらえなくてフラストレーション溜まってるかもだけど。笑

まあ、だけど、しっかり相談事には3人で答えあう。私も久しぶりに思い出したこともあったし。自分で思うだけじゃなく、口に出すって大事。相手の考えって自分じゃないし、他人って捉え方から違うんだよね。気付かされたこと、また、O型ちゃんと一緒に働いてた頃なら悩まなかっただろうなって事、たくさん思った。そして何より、きっとA型ちゃんが抱える問題の方が大きい。どうにもこうにも彼女だけで解決できないし、解決に向けて一番頼りにしなくてはいけない上司が、部下の背中に隠れるような人だからな。A型ちゃんは私もO型ちゃんも異動してしまって1人で戦えなくなってる。

私も疲労困憊だし、これは本当にフィジカルな問題。毎日15000歩歩く。体力ない私には相当きつい。異動前の3倍の歩数。しかし、メンタルなことは私の場合は、ただただ私の問題だった。A型ちゃんみたいに職場全体に関わる問題とは違う。私がしっかり向き合えばいいこと。

「私仕事しにきてるんで、業務に差し障りなければ気にしませーん」

って言えればいいことだった。

ありがとう、2人とも。今日は笑って、食べて、またしゃべって、コーヒー飲んでさ。疲れやすい私は、興味のない2人の買い物には付き合わず(かといって、私のbodyshopには付き合ってもらったw)、バスケ垢のTwitterとインスタばかり座って見てたけど(私、友達だろうが彼氏だろうが、マコさんだろうが笑笑、自分が興味ないコトなんかには付き合わない。そしてそういう私を理解できる人とでないと遊べない。疲れるし楽しくないから)、でも本当に楽しかった。

私が買ったbodyshopのヘアマスクが無くなった頃にまた水戸で落ち合おうと約束して別れた、大笑いしながら(だって栃木にないもん)。

A型ちゃんのことは気になるけど、明日、人間ドックまた一緒だからな。明日は宇都宮ね。一緒一緒。

Happy birthday

6月4日は私の誕生日でした。元々イベントごとなんて興味がない方。自分の誕生日も他人の誕生日もあまり興味がなく、家族の誕生日も忘れる方です。

私たちが子供の頃は簡単にケーキなんか食べられる感じじゃなかったし(私の家庭はね笑笑)。誕生日やクリスマスとかじゃないとケーキは口にできないから、子供の時は誕生日が待ちどうしかったかもね。最近の子供のようにゲームソフトも簡単には手に入れられないから、ドラクエ3は半年以上経ってからクラスの男子に借りてさ、だからちょっとの衝撃でゲームデータが消えたり(、、、恐怖でしかない)。ファミコンのカセットも家に帰って、友達の家に集まって遊んだものだ。それが今はswitchでできちゃったりするよね。アトランティスの謎っていうファミコンソフト、むかーし昔、ゲームセンターCXで有野課長がクリアしてたけど、小学生当時は何回やったってクリアできなくってさ、でも息子がクリアしちゃったよね、そもそもやり直しがきくし、攻略方法が調べられるという時代。複雑。

なんとか条件をつけて誕生日プレゼントにゲームソフトを一本、友達が持ってないものを買ってもらうって感じかな?

中学になると音楽がレコードからCDにかわっていって、ミニコンポが流行ったよね。でも中学の頃はわたしには贅沢品、それでも定期テスト頑張ってCDラジカセを手に入れました。

今年の誕生日でもらったものはないし、相方さんにもらったって、家計が一緒だからありがたくない。つまらないね。付き合ってた時は嬉しかったんだけどね。生活が先に来ちゃってさ。誕生日プレゼントはいらないってなってしまった。自分自身にプレゼントは??買ったものはブレックス優勝記念のTシャツ(しかも安い方)だけです。

 でもなんだか寂しい。「6月生まれおめでとう」もいつになるかわからないし、そもそも最近はこっちからチャットで入れてあげないと彼は忘れている模様だし、なんだか催促するのも嫌だし寂しくなってきた。(とあるオンラインサロンのサービスの話)

 一番お祝いの言葉をくれたのはTwitterのフォロワーさんだよ。ありがとう。嬉しかった。

そして何より宇都宮ブレックスが優勝したことが喜びかな、それでいいか。私の誕生日。

It’s cloudy today.

曇りだね

本日は曇り。

先週の金曜日も曇りだったね。かつての同僚と、最近また一緒に働けるようになった同僚と3人でランチに行ったのね。私たち3人は20年前かつて同じ部署で働いてたのですが、それぞれ、違うところでそれぞれの役目も変わっていったのですね。

さてさて、長いこと一緒に働いてなくても、会社が一緒なのでちょいちょい顔は合わせていたわけです。私は話したいことがたくさんあるのでほとんど聞いてもらう形になってしまいましたが、楽しかった。ていうか私話してばかりだったけど大丈夫だったかしら笑笑。誰といても私がしゃべりっぱなしになってしまうのでいつものことであるのは間違いないけど。

話すうちに大体同じようなことで悩んでいることがわかるのです。この会社での勤続年数や現在の年齢、部署における役割、似たようだもの、悩みはほとんど同じ。そこに至る経緯や案件は違えど、本質は同じでした。

きっとこの会社じゃなくても同じようなことがあって、日々闘いですね。会社から要求されることの難易度の高さときたら。そして、上司は部下に要求しなければならないのはわかるけど、要求されるこちらは、「はあ??」ということも多くて、飲み込むのと、毎日謝るのに慣れてしまって仕事のモチベなんか上がるわけない。いってる上司だって、こちらがやれるように要求するわけでもないので、実際のところは「できない」が事実であることが多いですね。矛盾とどう向き合うかがこの会社で生き残れるかです。

とても優秀で、賢く、真面目に向き合おうとしてた方はみんな辞めていかれました。馬鹿馬鹿しくなっちゃうんだよね。大体、中途で入ってきた人ほど辞めていく傾向にあるな。この会社で良くも悪くも学べたことを生かすために留学したり、より勢いのある会社に転職したり。

私も転職したいが、年齢のこととと、特に資格や取り柄があるわけでもなく、だから二の足を踏んでいます。ランチした同僚も同じですね。この年齢で職を失うのと同じだもの、それはしんどい。抱える悩みは同じなわけです。

一歩踏み出さないと始まらないのになぁ。

新たに学ぶのだって、頭がだんだん悪くなっていってるのがわかる。集中力と、自信も、気力もない。考えすぎて、考えすぎるといろいろ面倒になっちゃって。

思い切ってちゃんと考えられるようにしっかり休むか。。。今のちょっとした取り組み終わらせたら今後のこと考えよう。このまま年月だけすぎていくのは無駄だものね。

勇気をください。

晴れた日に

宇都宮ブレックスを好きになって、遠征をするようになった今シーズン。休みの日はどこかに出かけないと勿体無いような気になっている。

 長女が弘前の大学にいるので車で弘前まで600km走らせたり、おかげで半分の仙台まではたったの300kmと思えるようになった。車の運転には自信がないのであんまり運転したくなかったんだけどもね。変わるもんだ、好きなことができると。

前回のブログで愚痴っぽく湿っぽくなってしまったが、昔のまま子供っぽく私のダメなところ変わってないなぁみたいなこと書いたけど、好きなことがあると全力で変われるやんね。今実感した笑笑

 てことは環境変えるのもいい手かもしれない。長男がこのあと、本格的に受験に向かうから、仕事のペースは変えないといけないとは元々思っていたが、収入が減ることがネックになっていた。

自由な時間が欲しいが金がついてこないな。悩ましい。

 趣味ややりたいことも多いから、仕事で疲れてても元々早く寝れない。睡眠時間を削っているから余計疲労が残ったままで出勤せざるを得ない。一日30時間欲しいな。やりたいことがいっぱいあって羨ましいとは友達に言われるけど、おかげ様でショートスリーパーになってしまった。やれやれ。自分に似合わないいいレンズを買ってしまった分回収しないとなぁ。趣味にお金かかるけど、バスケだけでなく旅行に行っていっぱい写真撮りたいなぁ。そこでの紀行文なんか書ければ最高だな。昔々、高校の先生に紀行文にするなら最高だぞって修学旅行の感想文を誉められたことがある。(元々あまり誉められたことがないので結構うれしい。煽てられると調子に乗るタイプです)

ほんとはねやりたいこともっともっといっぱいあるんだけど、勇気がなくて踏み出せてないだけ。真剣に考えてみよう、私の人生の目的に向かって。

って考えてた、休日。大好きな宇都宮ブレックスを感じたくてアリーナ近く行って、カメラもって、写真撮って、タリーズ行ってブログ書いて、そして明日はかつて一緒に働いてた仲間とランチだし、大いに愚痴こぼして、仕事の相談しよう。

迷えることもまたたのしきかな。私の人生はきっとまだ先に続く。

Happiness

本日4/7 午後 TSUTAYA宇都宮駅東店 Tully’s coffeeさんにて

  今日はお休みでした。

 仕事の疲れが全然取れない今日この頃。若い時からなかなかいい睡眠が取れないんだけど、年齢が上がるにつれてもっと眠れなくなって、ますます疲れが取れない日々です。(なべさんくらい枕持ってますw)

今日は写真の整理とブログの更新はしたいと思っていたんだけど、お家でやるのもなんかだし、いつものタリーズへ。真岡から宇都宮までって道路混むし、30分以上かかるんだけど車走らせてる間っていろいろ頭が冷えるというか、冷静にいろんなことが考えられるからブログのネタもたくさん浮かぶし、仕事で頭に血が昇ってる時も帰宅までの運転の時間に落ち着くことができる。また試合の後なんかは大好きな音楽聴きながら余韻に浸ることもできるしね。

  だから意外にロングドライブも好きなのです。

そんなこんなでタリーズでアイスコーヒー飲みながら写真を見ながら

「マコさん、この人なんでこんなにかっこいいんだろう」

って1人でにやけてたんですが、ふとこの時間ってとても幸せなことだなって感じました。

昨日ね、職場でもちょっとしたいいことがあってね。異動してからはなかなか体力的にしんどいし、人間関係また最初から構築しないとだし、しかもスタッフ数3倍だよ、前と比べて。疲れてて参ってたんですね。そんな時、お客様に声かけられてご案内していたのだけど

「お姉さんの履いているそのパンツも、ここのですか?それも見たいんですけど。。。」

「はい、そうです。ご案内いたしますね」

「ありがとう、それめちゃかわいい。履いてみたい」

接客してて、何が嬉しいかって、私は接客態度がいいとか、丁寧だとかより、服を褒められるのがとても嬉しいです。同じものが欲しいとか、着てみたらそんなふうになるんですね、かわいい、とかいってもらえるのが何より嬉しいんです。元々接客が好きでもないし、服のセンスがあるわけでもない。ただ自分が似合うものは知ってる。着たいものを着たいようにしてるだけなんだけど、実はこれがその人を一番に素敵に見せるコツだと思ってるよ。

もう一つ。 私、実はネタによってblog、Amebaでも上げてるものあるんだけど(いじめや克服したこと、中学高校、挫折などのネタ)、まだまだほとんど読んでもらえてないんだけど、どこかの塾の先生から「いいね」もらったりフォローしてもらったりされて、嬉しかった。

いじめを克服したり、受験の失敗とか挫折の経験とか、世の中にいっぱいあると思うけど、乗り越えられなくて、もしくは乗り越えたつもりでいて、実は自分の中でないことにしちゃってたり(実はこれが一番多い。忘れることは必要だけど、次に活かせるように、ちゃんと反省する。って難しいんだけどね)教育関係の職についてる人の一番の解決すべき問題はきっとここ。なかなか導くのに難しい問題だと思う。私はその時その時に導いてくれる人に巡り合ってて、だからblogに残そうと思ったんだけど、この文章を、教育現場にいる人の目に留まってくれたことはとても嬉しく、書いてよかったと思いました。1人でも多くの方が読んでくれて、誰かの何かの足しになれますように。

人間って1人では生きていけない。必ずどこかに帰属していて、それが人と他の生物との違いなんだそうです。(自己とは何か?かつての大学の講義 哲学概論で学んだこと)

 人との関わり合いの中で、普通にそこにある日常に幸せがありました。

ブレックスの写真を整理しながらしみじみと思う、今日の1日でした笑笑