愛する、生きる

菌類の種類はわからない

 もう何人同級生が亡くなったろう。

どんなに小さきものでも、見た目がどんなものであっても、たとえ目に見えないものでも、この地球上には生きとし生けるもので溢れている。

昨日は宇都宮にある八幡山タワーから宇都宮市内を一望してきたし、今日は福島のアクアマリンふくしまに行ってきた。長男と前日の夜に急に決めたのだったが、うちは動物園や水族館が大好き、家族全員。そして、子供が小さい頃から、車で600kmロングドライブで私の実家に帰省していたから、子供達もドライブは慣れたものだ。今回の目的地までは立ったの141kmだった。

 私は学生の時は世界史と生物が大好きだった。宇都宮の町を一望してる時、古代ロマンを感じずにはいられなかった。(最近、キングダム2を見たことも関係あるかも。大げさ)。思えば、人間にまで進化してから随分と長い時間はかかったがこれだけの文明をよく築き上げたなあと思ったり。また古代の学問、科学や哲学、インドの数学など信じられない。教えてもらってもわからないし、今の時代を生きていても。医学も発展し長生きになった。死なないほうがいいんだが、さて生物学的にはどうかな。

カブトガニ(生きた化石)

よく、生まれてきたことには意味があるとかいうけど、ないよ。生まれてきただけだ。生きていくのに理由づけなんか要らなくて、生まれてきたんだから悔いなく生きるだけ。ただの生命体の一つ。だからこそ強い。今生きていられる私たちは強い。生命は淘汰される。弱いと死ぬ、滅ぶ。その地域独自の進化をそれぞれ遂げた生物達も、人間の文明の発展と共にあちこちに侵入し、生態系が壊れることによって滅ぶ種も出てきたりしているが(外来種問題)、ただの一つの種である人間の手のよってもたらされた文明が原因なら、やはり変わる環境に対応できないのであれば自然淘汰の一つなんじゃないかと最近は思っている。ウイルスについては生物か否かはっきりしないのだが、最近のコロナウイルスなんかは変異株が次々出てきて人間様を困らせているね。

 この地球上にはあちこちで生命が生まれ出でて、いわゆる下等生物と言われるものであっても、意志がなくても、そこらじゅうに愛が転がっている。感情的なものは生物学的にはどういう意味があるのかは知らないけど、人間の次に高等な哺乳類のペットは学習能力で飼い主に懐いてるわけじゃないと思うし、たとえもっと下等な両生類のカエルだって懐くという。もしかして、それぞれ進化しているのかもしれないよね。脊椎が、よりもっと笑。単純に恋愛だけじゃなく、上手く言えないんだけど、その辺のただの草木や飛んでいるトンボを見ていたら思ったんだよね。愛に溢れた世界なんじゃないかって。

 4年前に中学の同級生が死んだ。スキルス性の胃癌で死んだ。とてもカッコよく寡黙な人。彼は24歳の時に44歳の2人の子を抱える女性と結婚した。当時確か小学生と中学生の子たち。しかし、半年足らずで奥さんは亡くなって、彼が2人の父親として子供を引き取って育てた。奥さんは乳がんだった。普通に恋愛して、愛する人の癌がわかって、愛おしい子のことを考え、きっと愛する人と最後まで一緒にいたいと思って結婚した。そして自身も44歳の時胃癌で亡くなった。

死んだのに、何言ってんのって言われそうだけど、とてもロマンティックでドラマチックだよ。やつは最後までかっこいい人生だった。全部愛のために。彼の親御さんは悲しみに暮れながらも、自分の息子を誇っていて、悔いのない人生だったろうと言っていたらしい。そこまで好きになれる人と出会い、少しの間でも一緒にいれたのだから、と。(私の親に聞いた話。親同士も同級生)

 現実はドラマよりドラマチック。人間だけじゃなく、進化する生物全部にドラマチックなことが起こっていて、世界は目まぐるしく変化し続けている。

 わたしたちにもこれから起こる未来はわからない。生命ある限り、喜びも悲しみも痛みも全部自分のものにして、また明日。

 

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